ラーメン大好きシステムエンジニア燃えPaPaの送る 各地域の特色あふれるご当地ラーメンの紹介と、 それを実際に食べられる店舗の案内

北海道名物天ぷらラーメン

こんばんは、
燃えPaPaです。

今回はご当地ラーメンの中でも、
あまり全国的には知られておらず、本当に限られたご当地ラーメンな、
おいしい揚げ物入りラーメンの、天ぷらラーメンのご紹介です。

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天ぷらラーメン(てんぷらラーメン)とは、北海道西部の後志総合振興局に位置する積丹半島地域などで食べられているラーメンである。

鶏ガラや鰹節などをベースとした塩味又は醤油味のあっさりしたスープに、縮れの緩い中細麺又は中太麺が組み合わされ、具に揚げたてのエビの天ぷらが1本ないし2本トッピングされるのが特徴である。

天ぷらから相当量の油が滲み出るため、あっさりした塩味や醤油味のスープとの組み合わせが多いが、味噌味を提供している店もある。エビの天ぷら以外の具は、ネギとメンマのみとするシンプルなものが基本となっているが、チャーシュー、ナルト、麩、ワカメなど数種類の具をのせる店もある。

発祥については定かではないが、北海道岩内郡岩内町では終戦後まもなくの1950年代初頭には、大衆食堂などでかき揚げをのせたラーメンが供されており、これが天ぷらラーメンのルーツとされる。このかき揚げは、近海で捕れた魚介類を使ったものが主流であったが、1980年頃からは、かき揚げに替わってエビの天ぷらをのせるようになった。これは、かき揚げに比べてエビの天ぷらのほうが見映えがして贅沢な感じがすることや、輸入冷凍エビが安定的に流通するようになり、仕入れや在庫管理が容易であることなどが理由とされている。

現在では、岩内郡岩内町及び共和町、古宇郡泊村、古平郡古平町、積丹郡積丹町などの積丹半島地域のほか、近接する虻田郡倶知安町などで、ラーメン専門店ではなく、大衆食堂や蕎麦店などで提供されている。

---引用:wikipedia




となっていて、
他の地域ではあまり知られておらず、
珍しいですが、北海道のおいしい郷土料理となっています。

たしかに天ぷらうどん、天ぷらそばなど、
麺類と天ぷらはよく組み合わされていますし、
ラーメンも今や日本食と言われるほど一般的ですので、
ラーメンに天ぷらというのもありえる組み合わせなのかもしれませんね。

なかなか食べる機会もありませんが、
北海道に訪れた際にはぜひ召し上がってみてください。


燃えPaPa

水戸黄門の?水戸藩らーめん

こんばんは、こうちゃんです。

こちら、珍しいご当地ラーメンで、水戸藩らーめんのご紹介です。



水戸藩らーめん(みとはんらーめん)は、茨城県水戸市で販売されているご当地ラーメンのひとつ。

江戸時代に水戸藩主の徳川光圀(水戸黄門)が日本で最初に食べたといわれるラーメンを、再現した料理である。光圀は、明から亡命してきた儒学者の朱舜水に学んでおり、外国の文化も積極的に取り入れていた。その中に中華麺も含まれていたと推測されることから、徳川光圀は日本で最初にラーメンを食べたと言われている。当時の記録には、小麦粉と藕粉(ぐうふん, レンコンの粉)で作った麺に色々な粉をかけた「うんどん」のような汁麺と記されている。

現在の水戸藩らーめんは1993年に発売された。バブル崩壊後の町おこしとして、水戸市の製麺業者が再現を図った。水戸藩の料理を研究していた大塚子之吉が、再現に協力している。

麺にレンコン粉を練りこむのと、「五辛」(ニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ショウガ)という薬味を添えるのが特徴である。レンコン粉が加えられているために、麺は全体に茶色で黒い点がある。五辛は漢方医学に由来しており、薬膳の性格を持つ。さらに、陰陽五行思想にもとづいて、叉焼など肉を具にする時には、肉と兄弟分とされるシイタケも添える。スープの出汁や具に鶏や豚などの肉類を使うが、徳川光圀は当時はタブー視されていた肉食を嫌っておらず、生類憐れみの令も無視したため、考証として必ずしも不自然ではない。

水戸藩らーめんは2009年4月時点では県内の9つの飲食店で提供されているほか、生麺を使った袋麺タイプのインスタントラーメンも土産用として販売されている。ただし、県内でもいまひとつ知名度は高くないとの評もある。県外では、京都の東映太秦映画村と東京三鷹市の中華料理店でも提供されている。

日本で最初に食べられたラーメンの再現、ということで、今風の、ダシなどにこだわったこってりラーメン等とは違いますが、薬味などに工夫がありますので、ご当地料理の麺料理として十分に楽しめるものになっております。

まだ他地方で食べられるお店は少ないですが、珍しい品ですので見かけたら一度食してみたいラーメンのひとつです。



こうちゃん